『ブラインドネス』鑑賞。今回はネタバレありのメモです。
『シティ・オブ・ゴッド』のフェルナンド・メイレレスが監督。
実は観るまで、伝染病パニックかぁ~・・・と、そんなに食指が動かなかったのです。
ただ、ここ最近先に試写で観た同僚達が口をそろえて悲惨すぎて酷いだの、何も解決してない(!?)だのと悪い批評しか言わないので、逆に期待が膨らんでました。
いくつかの映画で感想を照らし合わせてくうちに、私が持つ感想と真逆の感想を同僚達が持ってることに気づいたのです。
これはひょっとして!
そして、またしてもその予想があたり、疑惑が確信に変わりました。
素晴らしい映画でした。
映像、カメラワーク、テンポはもちろんのこと、人間の醜い極限のところ、悲惨な状況、権力とそれに従わざるを得ない状態、その沸点を越えたときのパワー、目に見えないところにある美しさ、目に見えないところにある人間の絆と関係、たくさんの極地にあるものを『シティ・オブ・ゴッド』でスラムのカオスとリアリティを見事に描ききったメイレレスが、またしても見事に描ききりました。
突然、映る景色が真っ白の光に覆われて目が見えなくなる、という伝染病が原因の映画ですが、原因についての怖さではなく、極限の状況に追い込まれたときの人間、そしてそれを乗り越えてその先にあるものまで、メイレレスは明確に描いています。
たまたま目が見えなくならなかった独りの人間への負担、忍耐、孤独、責任感、願い、希望を強烈に突きつけながら。
それはクドクドと説明してくるものではなく、一つ一つのシーンから感じさせ、考えさせてきます。
ときには果てしなくえげつない悲惨なシーンだったり、ときにはとんでもなく美しく高尚なシーンで。
確かに中盤の悲惨なシーンはかなり壮絶で怒りすら感じざるをえません。
だけど人間として、他人事ではないというか、決して作られた悲惨さではなく、似たような状況って、歴史の上でも、今世界のどこかでも、そして未来でも、人間が起こしてきたことだったり、起こる可能性が無いとはいい切れないものだとも思います。
(実際は、一番最初に一般観客500名を集めてテスト試写をしたとき、今のバージョンよりもっとダークだったが、1割以上の観客が上映中に映画館を出てしまって、ソフトに(!)作り直したそう)
でも、ラジオから奏でられる音楽を聞く人々姿、街をお互い頼りながら歩く中聴くピアノの音色があまりに眩しくて。
これでもかというくらい重厚なシーンを見せてきたのに笑いを観客に起こさせる余裕もあって。
あの素晴らしく希望溢れる、美しいラストに繋がって・・・。
この作品を悲惨なシーンだけで評価してしまうのは、情報を発信する側の人間がするには余りに情けないことだと思うのですが・・・
